大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和53年(ワ)3087号 判決

原告

有限会社岩崎不動産

右代表者

岩崎きみ子

右訴訟代理人

村田茂

被告

宮島圭子

右訴訟代理人

井上章夫

主文

一  被告は、原告に対し、別紙物件目録(四)記載の建物を明渡せ。

二  被告は原告に対し、昭和五二年九月一〇日以降右明渡済みに至るまで一か月一〇万円の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(主位的請求)

1 主文第一ないし第三項と同旨

2 仮執行宣言

(予備的請求)

1 被告は、原告に対し、別紙物件目録(四)記載の建物を収去して同目録(二)記載の土地を明渡せ。

2 被告は、原告に対し、昭和五二年九月一〇日から右明渡ずみまで一か月金六五〇〇円の割合による金員を支払え。

3 主文第三項と同旨並びに仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  訴外八千代信用金庫は、被告の夫である訴外宮島一夫(以下「一夫」という。)との間で別紙物件目録(二)記載の土地(以下「本件建物土地」という。)を含む同目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)及び同目録(三)記載の建物(以下「主建物」という。)につき

東京法務局北出張所昭和四七年三月二七日受付第一〇六〇六号

原因 昭和四六年九月一六日信用金庫取引契約の昭和四七年三月二五日設定契約

極度額 金六〇〇〇万円

債務者 宮島モーター株式会社

の根抵当権(以下「本件根抵当権」という。)の設定を受け、その登記を得た。

2(一)  別紙物件目録(四)記載の建物(以下「本件建物」という。)は、訴外一夫が代表取締役であつた訴外宮島モーター株式会社(以下「訴外会社」という。)所有の主建物の東側に密着して建築したもので、建築当初の構造は、中二階、中三階建構造で、一階は外側の鉄骨の支柱のみであつたものを後に、請求原因第3項の競売手続終了のころ、一階の外周を囲つて壁面を設け、一見三階建様の外観を呈するに至つたものである。

(二)  本件建物は、現在のように保育所として使用される以前は、訴外会社の事務所として使用され、主建物の二階から本件建物の中二階に通じる通路が設けられていた。

(三)  従つて、本件建物は、外観上も建物利用上も主建物の附属建物であり、主建物と一体をなすものであつて、本件建物の建築時点で従として附合したものである。

(四)  さらに、本件根抵当権設定当時、根抵当権者八千代信用金庫と債務者一夫間に、本件建物も本件根抵当権の対象とする旨の暗黙の合意があつた。

3  原告は、昭和五二年四月一九日、本件根抵当権に基づく東京地方裁判所昭和四九年(ケ)第三七五号不動産任意競売事件(以下「本件競売」という。)において、本件土地、主建物及びこれと付加一体をなす本件建物の競落許可決定を得、その後、競落代金を納入して右各所有権を取得し、昭和五二年九月九日、右競落を原因として本件土地及び主建物について所有権移転登記を経由した。

4  被告は、昭和五一年一二月七日、本件建物を独立の建物として表示登記及び被告名義の所有権保存登記をなし、本件建物を保育園として使用占有している。

5  本件建物の相当賃料額は一か月一〇万円、本件建物敷地の相当賃料額は一か月六五〇〇円である。

6  よつて、原告は、被告に対し、主位的請求として、本件建物所有権に基づき、本件建物の明渡と主建物について原告名義の所有権移転登記をなした翌日である昭和五二年九月一〇日から明渡ずみまで一か月一〇万円の割合による賃料相当損害金の支払を求め、予備的請求として、本件土地所有権に基づき、本件建物を収去して本件建物敷地の明渡と本件土地について原告名義の所有権移転登記をなした翌日である右同日から明渡ずみまで一か月六五〇〇円の割合による賃料相当損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1は認める。同2(一)のうち、一夫が訴外会社の代表取締役であつたこと、主建物が同会社の所有であつたこと、本件建物は一夫が建築したものであることは認め、その余は否認する。同2(二)のうち、本件建物が訴外会社の事務所として使用されていたことは否認し、その余は認める。同2(三)は否認し、争う。同2(四)は否認する。同3のうち、本件競売事件が係属したこと、本件土地及び主建物について原告名義の所有権移転登記がなされたことは認めるが、その余は否認する。同4は認める。同5は否認する。

三  被告の主張

1(一)  主建物は、鉄筋コンクリート造り五階建であるが、他方、本件建物は、昭和四五年三月二五日一夫が新築したものであつて、鉄骨木造亜鉛メッキ鋼板葺三階建で外壁はモルタル造りであり、主建物とは壁、柱、屋根は別個で、入口、階段も個別に設けられ、それぞれ公道に面している。

(二)  被告は、昭和四八年一一月ころ、夫であつた一夫から本件建物を譲り受け、昭和四九年六月ころから本件建物で保育園を経営しているもので、右実績に基づき、昭和五一年一二月二日、本件建物を保育所として表示登記をなし、同月七日、被告名義の所有権保存登記をなしたものである。

(三)  主建物と本件建物の中二階に通じる通路は、保育園の補助金申請時に、東京都北区役所の児童福祉課から指導されて、園児の緊急避難路として設置したものである。

(四)  以上のように、本件建物は、主建物に附属して一体をなすものではなく、執行官も別個の建物と認めている。

2  一夫は、昭和五二年七月二八日、東京北簡易裁判所において本件競売手続停止決定(昭和五二年(サ)第四一四号)を得、同日、東京地方裁判所民事第二一部に対し右決定正本を提出し、本件競売手続の停止を求めたが、原告が競落代金を納入する前であつたにもかかわらず、右停止決定を無視して本件競売手続はそのまま進行されたもので本件競売手続は無効であり、原告は本件土地及び主建物の所有権を取得し得ない。

3  仮に、本件競売手続が有効であつたとしても、

(一) 本件土地及び同土地上に存する本件建物は、本件根抵当権設定時、一夫の所有であり、その後、被告は一夫から本件建物を譲り受けた。

(二) 原告は、本件競売により本件土地所有権を取得したもので、被告は、本件建物敷地につき法定地上権を有する。もつとも右抵当権設定当時、本件建物につき保存登記を経由していないが、保存登記の欠缺は法定地上権の成否に消長を来すものではない。

四  被告の主張に対する認否

被告の主張1(一)のうち、主建物が鉄筋コンクリート造り五階建であること、本件建物が鉄骨木造亜鉛メッキ鋼板葺であることは認める。同1(二)のうち、被告が本件建物で保育園を経営していること、被告主張の各登記がなされていることは認めるが、その余は否認する。同1(三)は否認する。同1(四)は否認し争う。同3(一)のうち、被告が一夫から本件建物を譲り受けたことは否認し、その余は知らない。同3(二)の法定地上権の成立については争う。

五  原告の反論

1  仮に、本件建物敷地につき、法定地上権が成立するとしても、原告は、被告に対し、本訴状をもつて本件建物敷地地代を支払うよう黙示的に催告し、昭和五三年一〇月二五日の本件口頭弁論期日において、本件建物敷地法定地上権の消滅を請求する旨の意思表示をなした。

2  一夫は、本件土地上に、外観上、主建物と同一と認められる本件建物が存在するのに、これを秘匿して債権者を害する目的で本件根抵当権を設定、登記したもので、かかる場合にまで本件建物を別建物として本件建物敷地に法定地上権を認めることは、善意の競落人に不慮の損害を与えるもので、被告の法定地上権の主張は信義則違反ないし権利の濫用である。

六  原告の反論に対する認否

原告の反論1は争う。地代未確定の段階での法定地上権消滅請求は、主張自体失当であるが、被告は、相当地代を供託中であり、地代が確定すれば精算するものである。

同2は否認する。本件根抵当権設定当時、本件建物は主建物とは全く別建物として存在利用されていたもので、本件抵当債権者たる八千代信用金庫の担当者は、右事情を十分承知していたことであつたし、本件競売関係者においても、右事情を熟知していた。

第三  証拠〈省略〉

理由

一訴外八千代信用金庫が、本件土地及び主建物につき、本件根抵当権及び同設定登記を有したことは、当事者間に争いがない。

二(一)  本件根抵当権の効力が、本件建物に及んでいたかについて判断するに、〈証拠〉並びに当事者間に争いのない事実を総合すれば、およそ次の(二)の事実が認められる。

(二)  主建物は、昭和四四年七月一日、本件土地上に、訴外会社の代表取締役をなしていた一夫によつて新築され、訴外会社の所有名義とされたこと、主建物の構造は、鉄筋コンクリート造陸屋根地下一階付五階建であり、建築当初は、一階東側の一部には壁がなく外部との出入が自由であつたこと、一夫は、昭和四五年三月二五日、本件土地上の主建物の東側にほぼ接するように鉄骨木造亜鉛メッキ鋼板葺各床面積約19.83平方メートルの中二階、中三階建の建物(以下「本件原建物」という。)を建築し、当時、本件原建物の一階と主建物の一階との間に隔壁はなく、両建物間の出入は自由であつたが、本件原建物を建築して間もなく、右両建物一階の間をブロック壁でふさいだこと、本件原建物は、昭和四九年一一月ころまでは、一階を訴外会社の車庫及び整備場、中二階を同社の事務所兼応接室、中三階を一夫の社長室として使用していたこと、本件根抵当権は、昭和四七年三月二五日設定され、昭和四九年六月二四日、本件根抵当権に基づく競売の申立がなされたこと、本件原建物は、昭和四九年六月ころ、一夫からその妻であつた被告に譲渡されたこと、昭和四九年一一月中旬ころ、被告が本格的に保育所を経営するため、本件原建物は増改築工事がなされ、別紙物件目録(四)記載の本件建物たる現況をなすに至つたこと、さらに、昭和五二年四月ころ、本件建物二階と主建物二階との間に避難用の通路が設置されたことが認められる。

(三)  右各認定事実によれば、本件根抵当権設定当時、本件原建物は、構造上及び利用上、主建物に従として附合していたものと認められ、本件根抵当権の効力は、本件原建物にも及んでいたものと解すべきであるところ、その後、本件原建物が増改築されて本件建物たる現況を備えるに至り、保育所として利用されるようになつたものであるが、右増改築によつて本件建物が本件原建物と全く別個の建物になつたものとは、なお認め難く、右増改築部分は、本件原建物に附合し、本件建物と本件原建物は一体をなすと解するのが相当である。従つて、本件根抵当権の効力は、本件建物にも及ぶものといわなければならない。

(四)  さらに、成立に争いのない甲第一、第二及び第五号証、提示された本件競売記録によれば、甲第三号証中(現況)「附加中二階19.83m2、附加中三階19.83m2」とある部分並びに甲第四号証中「上記のほかに附加建物中二階中三階各19.83平方米あり」とある部分は、いずれも真正に成立したものと認められ、右各証拠に徴すると、本件原建物は主建物の附加建物であつたことを前提として本件競売手続が進められていたことが認められるのであり、〈反証排斥略〉。

(五)  もつとも、八千代信用金庫の本件根抵当権設定契約書(乙第一号証)や不動産競売申立書(乙第一二号証)及び不動産競売公告(乙第一三号証)には、本件建物の表示がなく、他方、競落許可決定又は不動産引渡命令に表示されている前記の「中二階・中三階各19.83平方メートル」というのは、本件建物の登記面積が一階47.58、二階31.90、三階19.78各平方メートルと表示されているのと相違するのであるが、前掲各証拠に徴すると、本件競売申立がなされた昭和四九年六月二四日当時本件建物が未登記であつたため、関係者の錯誤によりその表示が右抵当権設定契約書や競売申立書から遺漏したものと推認され、また、床面積もその後の一夫ないし被告による増改築により現況に至つたものであり、右の点も前記結論を左右するものではない。

三(一)  前掲甲第三、第四号証及び乙第一二号証によれば、原告が、本件根抵当権に基づく本件競売手続により、昭和五二年四月一九日、本件土地及び本件建物を含めた主建物の競落許可決定を得たことが認められる。

(二)  主建物及び本件土地について、昭和五二年九月九日、右競落を原因とする原告名義の所有権移転登記がなされたことは、当事者間に争いがない。

四なお、被告は、本件競売手続の無効を主張し、原告の各所有権取得を争うので、この点について判断するに、〈証拠〉によれば、一夫が、昭和五二年七月二八日、東京北簡易裁判所において、本件競売手続停止決定を得、同日、本件競売裁判所たる東京地方裁判所民事第二一部に、右決定正本を提出して本件競売手続の停止を求めたことは認められるが、一方、提示された本件競売記録によれば、一夫が、本件競売手続停止を求めたのは、本件競落許可決定に対する即時抗告が棄却された(これによる同決定は確定)後であつたのみならず、本件競売手続は、その後、競落代金が支払われ、競落人たる原告のために所有権移転登記がなされて完結したものであり、競売手続が完結した以上、右手続の違法を主張して競落の効力は争いえないものと解すべきであつて、この点に関する被告の主張は理由がない。

五以上の事実によれば、原告は、本件土地、主建物及び本件建物の所有権を取得したものであり、土地及びその上に存する建物の所有権が、同一人に帰した以上、法定地上権成立の余地はなく、法定地上権に関する被告の主張は、判断するまでもなく理由がない。

六被告が本件建物を保育園として昭和四九年六月ころから使用、占有していることは当事者間に争いがなく、本件建物が主建物とともに昭和五二年九月九日原告の所有に帰したものであること前記のとおりである。

そして、前掲甲第三、第四号証に甲第六号証を総合すると、主建物の二、三階はいずれも面積が各一六〇平方メートルであり、昭和五〇年一月当時において二階を全面賃借している株式会社むさしの賃料は、月額二〇万円であり、同じく三階全面を賃借しているアイワ化工株式会社の賃料は月額一六万円であることが認められるところ、他方、本件建物は、一階47.58平方メートル、二階31.90平方メートル、三階19.78平方メートルであつて、合計99.26平方メートルであるから、右賃借人らの賃料月額と対比するとき、被告の本件建物占有による賃料相当の損害金は、昭和五〇年以降において少なくとも月額一〇万円を下ることはないものと推認することができる。

七よつて、本訴請求は、被告に対し、本件建物の明渡を求めるとともに、原告が所有権を取得した翌日である昭和五二年九月一〇日以降右明渡済みに至るまで一か月一〇万円の割合による損害金の支払を求める主位的請求は理由があるので認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用し、仮執行宣言は、相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。 (牧山市治)

物件目録〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例